江戸時代、龍爪山の山伏の加持祈祷は、生活のあらゆる分野の困り事に対応していた。中でも、病気治癒の呪術的行為は、疱瘡除けのお札を出すなど龍爪権現の病気治癒の縁起譚もあって、庶民の間で広く頼られていた。静岡市中原の加藤家に残されている『加藤七右衛門の日記』には、文政5年の条に「疱瘡は生涯に一度は人生の免れざる物と知り、軽き疱瘡する者あれば、其の疱瘡を受んが為、疱瘡前の小児を連れ其の家に行き、また疱瘡中は山伏を頼み、疱瘡神を祭る。先高き所へ棚を造り赤き紙に
ひこば
て弊を切り、汐水を打ち、香を焚き、赤飯を供し、疱瘡終れば羽根湯といって、 萌 え麦薮こうじ等を集め、鴉の左羽根を以て湯を掛る。これまた山伏を頼む」とある。龍爪山の山伏とは記されていないが、疱瘡除けのお札からいって、龍爪山の山伏を想定してもよいであろう。
 当時の病気観や家の中に悪いことが起きる災厄観は、何か悪いものに取りつかれて起きると信じられていた。その人や家に取りつく悪いものは、「クダ」と呼ばれ、忌み嫌われていた。修験道では、加持祈祷によって、こうした霊を取り除く、悪霊除災を仕事としていた。『辛丑雑記』には、「麻畑村、一老夫くだにつかれ、百薬千祷、更に験なし、此頃一修験者あり、この祈祷をよくなして、くだ狐離れざることなし、則こを頼みて二夜三日の祈祷、ひきめ、湯立をなせども験なし」とある。また、別の記事では、「くだつきとのみ心得て、修験者を頼み祈祷を修し、湯立をなしける。この湯立の法を見るに、釜に湯を煮沸させ、病人を裸体にして薦の上に臥せ、束ねたる藁にて、熱湯をそそぎかけけり」とある。江戸時代末期の、修験者に頼りきった様子が述べられている。
山犬の皮の裏
山犬の皮の裏
戸間口の札箱に入れられていた山犬の顎の骨
戸間口の札箱に入れられていた山犬の顎の骨
(静岡市麻機北)
 そして、このつきもの落としには、山犬信仰が生きていた。静岡市麻機北に伝承される「山犬の皮」は、さきじいさんが鉄砲で退治したものと伝えられ、病気治癒の呪いによく貸し出されたという。皮の裏側に、墨書で「敷くべからず」とあり、このことは、逆に、病人をこの上に寝かせたことを示していよう。また、同じ山犬の顎の骨が、別の家では、戸間口の札箱に入れられて、魔除けとされてきた例も見られる。このように、「クダ」を退散させる呪いに、山犬の力が信じられてきたのである。修験道の民間呪術が、龍爪山の山麓に、色濃く残存してきた事を示している。だが、こうした、呪術行為も、世の進歩に伴って、懐疑的に見られるようになってきた。先の『辛丑雑記』を書いた花野井有年は、「験者の術も、言葉もまこととはをすべかず、をぞましき事のみ多し」と結んでいる。
 龍爪山の山上が、病人を隔離しての治療院的役目も果たしていた。かつて、日常会話の中で、「そんな、馬鹿なことをいうと、龍爪さんへかつがれるぞ」ということが言われていたという。この「龍爪さんへかつがれる」ということが、強制的な加持祈祷の治療を意味していたのである。日常世界とは別の世界へ隔離されてしまうという、恐れを感じさせる言い回しとして使われていたのである。「龍爪山縁起」には、「中にも狂気者は祈祷をこひて灼然き霊験を蒙ることおほかり」とあり、そのことを、示している。人生で起きるさまざまな苦しみを、加持祈祷で癒す役割を担っていたのが、龍爪山の山伏たちであった。こうした、山が病気祈願の場になる伝統は、「熊野立願」の系譜を引くものといえよう。「熊野立願」とは、重い病気に罹った人が、三度、熊野へお参りすれば治るというものである。修験道が、現世利益や病気治癒をかかげて、山上の祈祷所まで、参詣を促していたことは、中世の時代から盛んに行われていた。
 「駿府をめぐる伝説」には、「神隠し」という伝説が収められている。その中に、乱心した侍が、「龍爪山に飛行した」とある。「神隠し」の舞台に、龍爪山がなっていることが留意される伝説である。伝説といえば、駿府城で舞ってはいけない「
かきつばた
杜  若」という能があり、その能を舞うと、龍爪山から奇火が飛んできて、演者に死をもたらすというものがある。龍爪山が魔の山として、伝説の中に取り入れられてきた事を示している。この世とは違う異界のイメージが、付与されてきた山であった。龍爪山には天狗がいたと信じられていた。「円火となって飛び、入をとって僕とし」(『駿府をめぐる伝説』)とあり、恐れられていたことがわかる。龍爪山は、こうした怖い伝説で彩られていたのである。  では、一体、なぜ、近づき難い龍爪山が病気治癒の場になってきたのだろうか。修験道には、死と再生の儀礼を通過すると生まれ変わるという考え方がある。龍爪山の春の祭りを、かつて「花祭り」といったといい、「湯立ての舞」も行われていたという。龍爪山の山上で、生まれ変わりの儀礼が行われ、そこに、生まれ変わって元気になるという病気治癒が重なってきた過程が考えられる。